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▼駄文 第6回 潮干狩り

ここ数年、夏は必ず潮干狩りに行っている。
潮干狩りというと、春から夏にかけてのお気軽な海浜レジャーと思われがちだが、実はけっこう奥が深く、良質なアサリを大量に捕るためには十分な下調べと知識、そして経験に基づいた技術が必要なのである。
とはいえ、最近は汐見表という、その年の干潮の時刻を表示したものがインターネットで見ることができ、何日の何時頃が潮干狩りに適しているか簡単にわかるため大変便利だ。さらに私がよく行く千葉県富津の潮干狩り場には、すっかり顔なじみになった地元の係員の方から貴重な情報を得ることもできるので、毎年15Kgを越える収穫を得ている。平均的な一般観光客の捕獲量は、ちっこいアサリをせいぜい1,5〜3Kgがいいところなので、巨大なアサリばかりを大量に捕る私の場合はもう潮干狩りの範疇ではなく、すでに「漁」と言っても過言ではない。とはいえ、捕った分の料金はちゃんと払うことになるので、あまり捕るのはアホともいえる。

家から千葉までは首都高からアクアラインを通っていく。以前は川崎からフェリーに乗っていたが、今はアクアラインのおかげで木更津まで15分という近さである。個人的にはフェリ−の方が情緒があって好きだったのだが、なくなってしまったのでやむを得ずアクアラインを利用している。もっとも、15分というのは「海ほたる」に立ち寄らなかった場合であり、たいていの観光客は何となく「海ほたる」に寄ってしまうため、結果的にフェリーと所要時間はあまり変わらないようだ。私もやっと最近そのことに気がつき、記念撮影用に設置された「海ほたる・平成○年…」みたいな碑をバックに、2年続けて同じ写真を撮っていたことを今さら後悔した。

そこから一般道を通って富津まで行く。目指すは京急富津観光ホテルだ。ホテルといっても、決して観音崎のようなリゾーティーな感じではなく、どう見ても和風観光旅館なので、館内は浴衣とスリッパでOKだし、100%和風な料理と温泉、そして実に地味なゲームコーナーの存在と手頃な宿泊料金は、私の理想とする宿の形態といえる。
また、京急のホテルと言えば、マリンスタジオのあった観音崎や、時々スキーをしに行く猪苗代など、何かと縁の深さを感じる。生まれて初めて乗った鉄道も京急だったし、いまだに一番好きな鉄道も京急である。しかし、鉄道の話をすると止まらなくなるので、ここではやめておく。

ともかく、夕方に旅館に着いて部屋へ通された後、早速海岸に行く。着替えのタイムロスを最小限にくい止めるため、私は自宅を出る時からすでに海パンを着用しているというのに、同行したスタッフは今さら日焼け止めなどをモタモタ塗ってちょっとイラつくが、なんとか出発する。

富津の海岸には何軒かの海の家が並んでおり、その一番手前の店に入ってビールと焼きそば(めちゃうま)を買う。そして浜辺でそれらを飲み食いし、私は膝くらいまで海に入って「へへっ、つめてえや」等と言い、他のスタッフは貝殻を拾ったり、対岸の三浦半島をぼんやり眺めたりして海に来たことを満喫する。そして適当なところでホテルに帰り、ゆっくり温泉に入った後、部屋出しの夕食をとる。
夕食が済み、もう一度温泉に入った後に、階段下の非常に狭い空間に数台設置された例のゲームコーナーに行く。時間は10時を過ぎており、ゲーム機の電源はすでに切られているが、フロントの人にことわって自力で電源を入れる。電源の場所など、とうに把握しているので手慣れたものだ。
置いてある機械はちょっと古いもので、景品の出るパチンコ、脱衣麻雀、旗揚げ等であり、最先端のゲームセンターではもうお目にかかれない機械ばかりだ。一応プリクラもあるものの、出てきた写真にはなぜか「富良野」と印刷されており、ああこの機械は北海道にあったんだなあ、と妙な感慨に包まれたりする。
そして、全員でプリクラ記念写真(富良野にて)を撮り、部屋に戻る。その後は例によって、風呂、ビール、日本酒、風呂、ビール…と、超日本人的な堕落の限りを尽くしてやっと就寝するのである。

翌朝、ホテルをチェックアウトして車に乗り込み、1分で潮干狩り会場だ。
係員の人が「いよお、今年は来ねえと思ったよ。今、みんなでウワサしてたんだよ」と暖かい言葉で迎えてくれる。
受付で一般用に2Kgのアサリが入るネット状の袋が手渡されるが、私はそれを拒否し、楽に20Kgは入る袋を要求する。毎年のことなので、係員の人も何とも思わない。そして、多くの潮干狩り客が岸に近い所でチマチマ掘っている横を通り過ぎ、我々はひたすら浅瀬の限界点を目指す。もうここまで来ると膝まで水に浸かってしまうため、辺りに人影もなく、潮干狩りというのんびりしたイメージからもかけ離れ、厳しい「漁」の雰囲気が色濃くなっていく。もはや口を開くものもいない…と思っていたら、スタッフの足に海草が絡まり、ギャーギャー言ってるので、とってやる。

そうこうするうち、ポイントに到着する。
「さくっ」おもむろに持参した熊手をひとかき、アサリの密集度を調べる。この時点で手応えがなかったら速やかに次の場所に移るのだが、わずかでも熊手の一部に貝の反応が感じられたら、腰を下ろして慎重に素手で掘る。素手で行う理由は熊手による貝のダメージを減らすためである。
とにかく我々の狙いは巨大なアサリのみなので、小さいものはポイポイ海中に捨てていく。しかしそんな中、ふと袋に目をやると、なんと小さいアサリも混じっているではないか!どうやら選定基準の甘いスタッフによる単純ミスだが、そのスタッフには口頭で厳重注意する。
そして、黙々と巨大アサリを捕獲していると、スタッフの携帯に電話が入る。どうやら、事務所からの転送電話だ。
「はい、オーブです」
…穏やかな浅瀬にはカモメが飛び、携帯を持つスタッフの片手には熊手が握られている。だが、そんな光景にはまるで不釣り合いなほど事務的な打ち合わせは淡々と、かつ迅速に進められ、電話が終わるとスタッフは何事もなかったかのように再びアサリを捕りはじめる。

およそ2時間が経過した頃、大きな袋がアサリで埋め尽くされる。まだもう少し入りそうだったが、そろそろ腰も痛くなってきたので、陸に上がることにする。岸に向かって歩くと、一般潮干狩り客が口々に「すごーい」とか「え?あんなに捕れるの?」等と羨望のまなざしで我々のアサリを見ている。「どこでそんなに捕れたんですか?」と質問してくる人もおり「ああ…あの辺がいいみたいですよ」と余裕のアドバイスをかます。

すっかりいい気分で陸に上がると、客と係員が言い合っていた。
「全然捕れないよ、どうなってるんだ!」と客は憮然としている。
「場所が悪かったんだよ」と係員が言っているところに我々が登場すると「ホラ、あんなに捕れるんだぜ」とこちらを指さすので、私もつい捕ったアサリを持ち上げ、その客に見せる。しかしその瞬間であった。
「ぐぎっ」
後に計量して判明したのだが、18Kgという、腰をやるには十分な重さであった。しかしその時はシチュエーション的に私はヒーローなので誰にも言えず、家に戻ってから湿布を貼ることにして我慢する。
「いいのばっか捕るなあ、もうプロだな!」と係の人に言われて有頂天になるものの、大幅な超過料金を払う以上断じてプロではなく、どう考えても間違いなくアホであると思う。しかし、アサリを車に積み込むと「また来年も来なよ」とか言われ、実に充実した気分で潮干狩り場を後にするのであった。もちろん、来年も必ず訪れることを決意して…。
まあ別に、アホでもいいのだ。

しかし、私が愛していたそのホテルは昨年の夏を最後に閉館されてしまった。自分の好きな場所がどんどんなくなっていくのは大変寂しいものである…。

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