増殖の一途をたどるマルチテープの収納場所がいよいよなくなってきた。
マルチテープというのは、楽器ごとに何トラックもバラバラに録音できるテープのことで、よくトラックダウンと呼ばれるのは、このテープから普通の2chステレオや映画用の5.1ch等にミックスする作業のことである。
形状はテープレコーダーによって、テープ幅が2インチの昆布みたいなものから、VHSビデオにも使われているハーフインチのものまでいろいろあるが、ここ10年位はソニーのテープレコーダーがスタジオの標準機になっているため、ハーフ10号(インチ)リールというのが定番である。最近、ハードディスクでのレコーディングもポピュラーになってきたが、なにしろ長年の信頼性もあるため、いまだに多くのスタジオは48chのソニー製テープレコーダーを使用しているのが現状だ。見た目もいわゆるオープンリールと同じで、10号リールだと縦横約30センチ、厚さ3センチ位の箱に入っており、これ1本でおおむね30分位は録音できるため、1〜2分のBGM50曲位の録音だと3本程度の使用となる。
ただこのテープ、困ったことに保管場所が著しくシビアなのである。基本的に磁気テープだから、スピーカーやモーター等、磁気のあるものの近くはダメなのはもちろんのこと、温度や湿度にもかなり影響を受けやすいので、ベランダにビニールをかけて置いておくなど論外だ。つまり、空調のしっかりした室内に保管することが肝要なのだが、置けるスペースにもおのずと限度がある。
そこで、大幅に場所をとっていた古いアナログマルチを現行のデジタルマルチにコピーし、アナログマルチはトランクルームに収納してしまおうと思いたった。もっとも、これはかねてからの懸案であり、そろそろ古いアナログテープは再生不能になるおそれがあるため、その前に丸コピーする必要があったからである。
とはいえ、なにしろ古いテープだから、いざ始めてみたらこれがまたえらく大変な作業であった。まず半分腐ったテープに特別な熱処理を施し、それをこれまた半分腐りかけたテレコにかけるのだが、腐っている筈のテレコはなぜか狂ったように高速回転し、腐ったテープを容赦なく巻き上げる。
その結果、黒い磁性粉はもちろん、あまりの超高速にちぎれたテープの破片が辺りに散乱するわ、カビと思しき白い粉は空中にぶわぶわ浮遊するわで、息をすることさえ躊躇させられるとんでもない事態となった。さらに某メーカーのテープに至っては、熱処理をしているにもかかわらず、ヘッドやテープガイドにベトベトの磁性体がこびり付いて音がどんどん悪くなり、さすがのハイパワーテレコもそれに引っかかってじわじわ減速し、あげくに停止してしまうのだから、もうたまらない。どの辺りから音が悪くなって、いったいどこから減速しているのかがハッキリわからないのだ。
このおぞましい状態に私たちは半狂乱となり、アルコールと掃除機を振り回しての大騒動になってしまったのである。
そして肝心なその中身だが、当時の通称「けんちゃんスタジオ」で録音されたものは記録が一切なく、タイトルはおろか、一体いつ録音されたのかも不明な得体の知れないモノばかりで、コピーする意義すら認められない妖しい曲が次から次へとボロボロ出てくる。
もちろん自分の曲ばかりでなく「マイフェアレディ」からいきなり「水戸黄門」につながる不条理なものや、この世のものとは思えない下品なアレンジの「浪速恋しぐれ」など、当時いったい何の仕事をしていたのか、我ながら耳を覆いたくなるような楽曲も多く見受けられた。
中には頭からテープをかけていたら、曲の途中なのにいきなり全然違う曲がリバースして出てくる、という背筋が寒くなるものまであった。一体何事が起こったのかと、念のためテープをひっくり返して再生してみると、訳のわからない曲ではあったが、これはこれで一応ちゃんと録音されている。
察するに、私がどちらかのリールにテープを巻き取らないままテレコからはずし、次にちゃんと確認しないで適当にテープをかけて適当に録音を始めてしまったことが原因と考えられる。そして録音している途中で自分が反対側から録音していることにやっと気がついたのか、いきなり曲はブツッと終わっているのだ。
私はそのあまりに信じられない事実を目の当たりにし、当時いかに自分がいいかげんであったかを思い知り、今さら愕然とさせられた。とりあえずスタッフには大ウケであったが、きっと今でも似たようなことをしているのかと思うと、ひどく恐ろしい。まあもっとも、現在のデジタルマルチでは逆からは再生も録音もできないが・・・。
ただ、意外な発見もあった。ベビースターラーメンやアトムハウスペイント等の数々のCM曲、なぜかTV版「うる星やつら」のBGM(そういえば作った記憶がある)や「紅い眼鏡」の予告用BGMなど、どこへいったのかわからなくなっていたものも数多く発掘された。だからといって、今さらどこかに発表できるものはないので、まあ老後に「昔、こんなの作ったよなあ」などと言って一人でしみじみする予定である。
そんなこんなで、約70%のコピーが終了した。だが、コピーして驚くべき事実が浮かび上がった。それは、アナログマルチをどこかに収納するにしても、やっぱりテープは減らないという、ちょっと考えれば誰でも気がつく事実であった。ていうか、テープの総量は逆に増えちゃったワケで、もはや残りのコピーも超めんどくさいし、どうしようかなあ、と思っている・・・。