▼駄文 第3回 牡蠣が苦手なワケ
数年前、とある作品の打ち上げが行われた。その会場となった店は、産地直送の新鮮な魚介類やカニがおいしいので有名な店である。
その店で、最初に生牡蠣が出された。なんでもその牡蠣は昨日獲れたばかりの新鮮なもので、甘みと旨みのバランスが実に素晴らしいものらしく、店の人もしきりにそのことを自慢していた。確かに見るからにみずみずしく、ぷりっとしたハリのあるその身は、著しく私の食欲をそそった。
しかし、私はある深刻な問題を気にしていた。それというのも、以前に生牡蠣を食べ、かなり苦しい思いをしたことがあるからだ。もちろんその生牡蠣は信頼できる店で食べたものであり、ちょっと古くて腐っているのでは、といった疑いなど微塵も起こらぬほど美しく、かつ大変おいしかったのだ。そしてその夜、自宅に戻った私は激しい腹痛と嘔吐にみまわれることになったが、それが本当に腐っていたのか体質的に合わなかったからなのかハッキリしないため、私は念のため生牡蠣を食べることを控えていたのである。
そんな記憶を思い起こしながらも、今目の前にある実にうまそうな生牡蠣をこのままにしておくことなど出来るわけがない。しかし、あたった時のことを考えるとやはり恐ろしく、5つあったうちの4つは人にあげ、1つだけ食べてみることにした。まあ、1つ位なら・・・と恐る恐る口に入れると、爽やかな海の香りと共に甘い濃厚な液体が口中に広がり、私は言葉に出来ない至福の瞬間を向かえた。しかし、そうなると人にあげてしまった残りの4つが何とも残念で、今さら返せとも言えないし、かなり後悔した。
だが、異変は2次会の席で起きた。
それまで何ともなかった私は、突然気分が悪くなり、トイレに駆け込み、激しく嘔吐したのである。席に戻ってもひどく怠く、このまま坐っているのすら困難なため、みんなには悪かったが中座することにした。とにかく一刻も早く横になりたかったが、あいにく目の前のホテルは満室であったため、やむを得ずタクシーに乗って帰ることにした。
しかし、タクシーに乗ってしばらくすると、またしても猛烈に気分が悪くなり、慌ててタクシーを降りて街路樹の幹に幾度も嘔吐した。その尋常でない私の姿を見てスタッフはついに救急車を要請した。
5分後、救急車がやってきて「歩けますか?」と救急隊員の方に訊かれ、私は「大丈夫です」と、かろうじて言いながら生まれて初めて救急車の車内に入った。そして救急隊員の方が「皆さんも一緒にお乗り下さい」とスタッフを促すと、こともあろうに「え!乗ってもいいんですかあっ!」と、ひどく嬉しそうに答えてやがる。しかも私を乗せた救急車がサイレンと共に走り始めると、彼女たちはいっそうニヤニヤしながら「速いねー!みんなどいていく!」と、こっちは横になって脈や血圧を測っているっていうのに、窓の外を見てもはやルンルンしているじゃないか!
そして病院に到着すると「もう着いちゃったね」などと残念そうに言い、さらに「おいくらですか?」とか訊いているので「タクシーじゃないんだよ!」と言おうと思ったが、すでにその気力もなかった。
早速診察を受けると、やはり原因は牡蠣のようであった。医師の説明によれば、恐らく体質的に合わないので今後は控えた方がいい、とのこと。しかし今回はそれほど深刻な状態ではないらしく、とりあえず点滴を受けることになった。しばらくすると、スタッフが大げさに私の家族へ連絡したためか、両親が慌てて病院にやって来た。いや別に大丈夫なんだよ、と言うと、母は安心したのか、私の横にやって来てゆっくりと椅子に腰を下ろした。
だが次の瞬間、信じられないことに、母は顔をしかめてこう言ったのである。
「憲次、ゲロくさい」